Let’s Travel いくつになっても 【第1回】超重度の要介護者の父と29年間旅行 ~年齢を理由に家族旅行を諦めない~

介護付き旅行

このシリーズは2017年9月から高齢者住宅新聞社発行の、月刊エルダリープレス シニアライフ版に連載された弊社代表春山 哲朗のコラムを再編集したものです。超重度の要介護者であった父親との家族旅行の経験や、春山がプロデュースしている家族旅行をご紹介し、“諦めていた家族旅行”から一歩踏み出すヒントをみつけていただきたいという趣旨で綴られたものです。

車椅子の名物社長と呼ばれた父

僕は32年前、進行性筋ジストロフィーという難病を抱えた父の下に生まれました。父の歩く姿も自分で食事をする姿も僕は見たことがありません。
メディアを通じご存知の方も多いと思いますが、僕の父は首から下の運動機能を全廃した車椅子の名物社長“春山満”です。父は自らの体験から介護・医療関係の会社を創業して以来、「日本の介護を変える」を旗印に人生を駆け抜け2014年2月、60歳でその生涯を閉じました。

父が亡くなった当時の僕は父の後を継ごうと準備はしていましたが、急遽受け継ぐことになり瞬く間に数ヶ月が過ぎていきました。やがて初夏を迎えた頃、きっと母も疲れているだろうと、僕と妻は母を旅行に誘うことにしました。

父の遺骨も一緒に父が好きだった淡路島へ久しぶりの家族旅行。鳴門大橋にかかる幻想的な夕陽に感動したり、美味しい食事を囲んで団らんの時を過ごしたり。そんな家族との時間を過ごすうちに、父が旅立ってしまった喪失感は大きいものの、不思議な充実感を感じていることに気づきました。

超重度の要介護者の父と、29年間続けた家族旅行の思い出


僕が小さいころ、父は多忙を極めていましたが、必ず守ってくれた約束があります。それは、僕たちの春、夏、冬休みに行く家族旅行でした。

当時はこの家族旅行を何ら不思議と感じませんでした。しかし、よく考えてみると車椅子の父と介護をする母、そしてやんちゃな息子2人との家族旅行。誰よりも大変だったのは言うまでもなく母です。息子2人の世話をするだけでも大変なのに、そこに超重度の父がいるわけです。これだけ大変な家族旅行にも関わらず続けられたのは、父中心の生活を日々送る母の強い想いからだったようです。

普段は子供たちの相手ができずにいるけれど、旅行中は思いっきり楽しみなさいと。だから僕たちは、夏は沖縄の海へ、冬は岩手の安比高原へ行くことが定番でした。海では浮き輪を使って父を浮かせ、沖で一緒に楽しみ、スキー場では車椅子ごとゴンドラに乗り込み雪山の山頂まで一緒に行ったりと、難病の家族がいるとは思えない家族旅行を結果的にやり続けてこられました。

そして思い起こせば父は旅先で、『俺が死んだらなあ』なんて半ば冗談のように、しかし大切なことをしっかり伝えようとしてくれました。日常生活では話しづらいことも、旅先なら話せることがある。そこで紡がれていった大切な家族の絆。
そんな数々の旅の思い出が、父が旅立った後、家族の心を支えていることに僕は気づいたのです。

父との家族旅行の経験を、介護と向き合うご家族のために生かしたい

僕たちは超重度の要介護者であった父と29年間家族旅行を続けてきた。
この家族旅行の体験を、介護と向き合うご家族のために生かせるのではないだろうか。

こんな思いが僕の心の中に浮かび上がってきました。

そうだ、旅行事業をやろう。

そこからは手探りの連続でした。旅行事業を立ち上げると言っても何が必要なのかも全く分からない。自分で調べて、人に聞いて、北海道から沖縄まで観光地のバリアフリー状況を見て回って・・・。思いつく限りのことを片っ端から実行するなかで次第に形になっていきました。
こうして父が旅立った1年後、父の命日にスタートしたのが「グッドタイム トラベル」です。

僕が伝えたいこと

超重度の父と29年間旅行を続けることができたからこそ、僕は伝えたいことがあります。

体は年齢と共に老いますが、心まで老いる必要はありません。ときには諦めなければいけないこともあります。しかし、それは本当に諦めないといけないことなのでしょうか?固定概念や常識にとらわれていないでしょうか?

このコラムでは、僕が家族の立場で経験してきた家族旅行や、「グッドタイム トラベル」で実際旅行されたご家族をご紹介し、“諦めていた家族旅行”から、一歩踏み出すヒントを見つけていただきたいと思っています。